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高畑勲展

現在、福岡市美術館・特別展示室にて公開中の巡回展「高畑勲展 日本のアニメーションに遺したもの」を見に、親族Nと出かけてきました。開催期間は今年4月29日から7月18日まで。なんと、最終日が明日(!)なので、慌てて出かけました💦。

巡回展「高畑勲展 ―」は、東京国立近代美術館(2019年)、岡山県立美術館(2020年)と続き、3箇所目が福岡市美術館(2021年4月~7月)でした。その後は新潟県立近代美術館(2021年9月~11月)にて開催予定です。

故・高畑勲氏(1935~2018)は、言わずと知れた日本のアニメーション界のレジェンドです。1959年(昭和34年)東京大学文学部を卒業後、東映動画(当時。現在は東映アニメーション)へ入社します。その後、複数のアニメ制作会社に移籍、1985年(昭和60年)に徳間書店がスタジオジブリを設立した際、宮崎駿氏とともに高畑氏もジブリに参加します。


国体道路側 美術館入場口


屋外の掲示板


進藤一馬(第25~28代福岡市長)像


南口

久しぶりの福岡市美術館です。今から42年前の1979年(昭和54年)11月に開館。2016年(平成28年)9月、老朽化による大規模改修工事のため休館。2019年(平成31年)3月、リニューアルオープンしました。

館内は一部を除いて撮影禁止です。


1階 アルプスの少女ハイジ 1974年(昭和49年)


2階 平成狸合戦ぽんぽこ 1994年(平成6年)


2階 パンダコパンダ 1972年(昭和47年)


2階 かぐや姫の物語 2013年(平成25年)

美術館に到着したのは、午後1時前でした。館内でチケットを購入、会場の窓口にて係員より「午後1時よりミュージアムホールにて『特別講演会 富野由悠季、『赤毛のアン』を見ながら高畑勲を語る。』の上映がありますよ」と案内を受けたので、会場へ入る前にミュージアムホールへ。6月20日に福岡市美術館ミュージアムホールで開催されたものです。ホールには何組かの姿がみられました。その大半が中高年、やや男性が多いようでした。昭和40~50年代のアニメを見て育った世代ですね。富野由悠季監督の話はとても貴重なものが多く、日本のアニメーションの黎明期から発展期にかけての高畑氏および宮崎駿氏とのやり取りなどが話されました。期待していた赤毛のアンの第8章(富野氏が絵コンテを手掛けた)の上映がなかったのは残念でした。


2階 カフェ「アクアム」 とてもおいしかったじょー!


元横綱 小錦関 「Nippon Cha Cha Cha」

会場へ向かう前に、小腹が空いたのでカフェ(ホテルニューオータニ系列)で軽食をいただきました。その後会場(特別展示室)へ。特別展示室へ入る左手には元横綱・小錦関のブロンズ像が建立されています。この像は撮影可能なのでカメラを向ける人の姿もありました。

会場内では順路に沿って、高畑勲監督が制作に携わった初期の「安寿と厨子王丸」(1961年・昭和36年)から最晩年の作品「かぐやの姫の物語」(2013年・平成25年)までが、章ごとに展示されていました。

第1章・出発点(太陽の王子ホルスの大冒険 ほか)
第2章・日常生活のよろこび(アルプスの少女ハイジ 母をたずねて三千里 ほか)
第3章・日本文化への眼差し(火垂るの墓 おもひでぽろぽろ ほか)
第4章・スケッチへの躍動(かぐやの姫の物語 ほか)

展示物は、セル画(人物などを描いた透明なシート。現在ではアニメーション制作に使用されない)をはじめ、背景画(これがとても美しい!)、絵コンテ、レイアウト、台本など。高畑監督が使用していた机といった貴重な資料が数多く展示されていました。時代が進むにつれ、アニメの制作技法もアナログからデジタルへと進化しています。

ちなみに、わたしは第2章の世代(もちろんリアルタイムで)、親族Nは第3章の世代(作品発表後数年~十数年を経て)です。

来場者は幅広い年代で女性が多い印象、幼い子供を連れた家族なども少なくありません。最終日前日の土曜日ともあって、場内はやや混んでいました。若干「密」な状態でした。順路の最後、物販コーナーでは図録のほか、さまざまなキャラクターグッズが販売されていました。購入はしませんでしたが、マスクをしたハイジのマスクケースは個人的にツボにささりました。

この展覧会は、非常に密度が濃い、とても充実した内容でした。日本のアニメーションに関心のある向きには存分に楽しめるものでは、と思われました。


購入した図録(左) 高畑勲展のチラシ(右)

公式サイト:福岡市美術館 > 特設サイト 高畑勲展