日別アーカイブ: 2024年2月28日

舞鶴公園 1

久しぶりのブログです。今年2024年(令和6年)より、はてなブログにて記事を書く予定でしたが、面倒くさくなったので、もうしばらくはこのまま記事をアップすることにしました。

2024年最初(といってもすでに2月下旬ですが)の記事は、舞鶴公園(福岡城跡周辺)です。今回は城内のウメの花を楽しんできました。2回に分けてアップします。

行程:(南側の梅→)天守台→梅園→鴻臚館跡展示館→(伝)潮見櫓・下之橋御門

国道202号(国体道路)側より城内へ入りました。6号堀に架かる追廻橋を渡ります。少し階段を上がると、「多聞櫓」が建つ石垣の角が見えます。ここで階段が二手に分かれています。わたしは右側の階段を上がりました。


6号堀 アオサギ


6号堀 マガモ オス


石垣 南西側 多聞櫓が見える

石垣の角の右手の階段を上がります。途中、足元が悪い箇所があります。福岡県福岡地方はほぼ毎日、雨が降っていました。そのため、舗装されていない場所はぬかるんでいます。足元に気を付けて歩を進めます。雨が多かったにも関わらず、複数の梅の木で花を見ることができました。


右側の道を道なりに進む


梅の花が咲いている


梅の花

だらだら歩いて、南二の丸広場(南丸広場)の付近まで来ました。門で仕切られた広場の前には井戸がありますが、井戸のそばでは地域猫(さくらねこ)が佇んでいました。木の枝の根元には、ペットボトルで作られた水飲みがくくりつけられています。猫は白黒ハチワレのオス、右耳がカットされていました。


生捕櫓 解説板


地域猫 白黒ハチワレ


地域猫 右耳がカットされている

門をくぐって、南二の丸広場(南丸広場)に入りました。隅櫓と平櫓がどどーんと出迎えてくれます。左右の隅櫓付近では工事のためのバリケードがありました。

福岡城は、1601年(慶長6年)に築城、7年後の1607年(慶長12年)に竣工しました。画像の向かって右の隅櫓は、1974年(昭和49年)に復元されたもの(復元隅櫓)です。向かって左側の西隅櫓および左右の隅櫓を結ぶ平櫓は、1853年(嘉永6年)に大規模な改装がされています。


平櫓と復元隅櫓


半世紀前に復元された


西隅櫓 幕末の嘉永6年に大改装された

南二の丸広場(南丸広場)から天守台方面へ向かいます。その途中で桐の木坂が見えてきました。本丸跡とされる天守台へ向かいました。その途中で、カラーコーンやら鉄板やらバリケードやらが置かれていました。福岡城(というか石垣)は古い遺構のため、保守点検や工事が必要となります。なんかあちこちで工事が入っています…。


▢桐の木坂 解説板


桐の木坂


鉄板が置かれている


何やら工事が…?


とりあえずは大天守台へ向かいたい


大天守台へは…


バリケードがされている


▢なぬ?立入禁止⛔だと!?

大天守台は「幻の天守閣」が期間限定で設置されるための工事の最中でした。設置および「幻の天守閣」ライトアップ期間、そして撤去期間までの間は立ち入りが禁止されます。

天守台の東側へ回り込みました。(手前側から)赤坂・大名・天神方面への眺望が開けています。眺望を楽しんだあとは梅園へ。わたしは急な石段を下りましたが、なにせ石段の一つ一つが大きい。恐らくは敵兵除けの目的があろうかと思われます。ここは大の男でも難儀しそうです。


石垣の下に野球場が見える


小天守台跡


かつて月見櫓があった場所 画像左側は球技場(東二の丸)


天守台から下りる


高さがある石段


おお~という感じがすごくします

天守台を下りて本丸方面へ向かいます。梅はちょうど見頃の季節、大振りの枝に小さな梅の花が咲いていました。


水の手


▢「大濠公園・舞鶴公園」 案内板


園内のようす


園内のようす


園内のようす


園内のようす

梅園を散策したあとは、鴻臚館跡展示館および(伝)潮見櫓方面へ向かいました。これらの記事は次回にアップします。

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