日別アーカイブ: 2020年10月24日

コスモス畑 飯盛神社

福岡市西区大字吉武字高木の「国史跡吉武高木遺跡(やよいの風公園)」まで散歩に出かけました。画像が多いため「やよいの風公園」の記事は次回に、今回は公園付近の画像(コスモス畑、飯盛神社)をアップします。

※行程は コスモス畑→やよいの風公園→飯盛神社 の順になります。

やよいの風公園の西側には飯盛山(標高382.4メートル)がそびえています。飯森山は山全体が神域として、古代より信仰が厚かったと伝えられています。また、この付近は田畑が多く、農村地帯の趣を残しています。気温も海側の天神・博多よりもほんの少し低く感じました。空気がきれいなのもよいですね。

秋限定のコスモス畑にはたくさんの濃いピンクのコスモスが花を咲かせていました。


やよいの風公園付近の景色

交差点より一見、農道と思しき狭い道(実は市道)をまっすぐに進みます。両脇に田んぼが見えてきます。奥に見えるマンション群は早良区の四箇田団地です。早良平野に位置するこの地域は現在は福岡市西区ですが、かつては早良郡飯盛村・吉武村(のちの早良郡金武村)でした。

北側に直線距離で約7キロメートル離れた福岡タワーをはじめ、ヒルトン福岡シーホークや福岡都市高速環状線が見えます。数キロメートル先の建造物が見通せるのは意外とすごいことかもしれません。


画像奥は油山


稲が刈り取られたばかりの田んぼ


福岡タワー、ヒルトン福岡シーホーク、福岡都市高速環状線が見える


博多湾に面する小戸(おど)の海岸線から直線距離で約6キロメートルほど南下する


コスモス畑

「やよいの風公園」のすぐ南に位置する、休耕田に植えられたコスモスは、濃いピンクの花を咲かせていました。コスモス畑は家族連れが多かったです。花は自由に摘み取ってOKでした。そのため、花摘みを楽しむ人のすがたもありました。花の季節はすこ~し過ぎたかな?といったところでした。


コスモス畑 遠景


コスモスを楽しむ市民


コスモス畑 全体


コスモス畑のようす


コスモス 花のアップ


コスモス畑 奥は飯盛山

コスモスを花を楽しんだのち、すぐそばの「やよいの風公園」に向かいました。国史跡吉武高木遺跡が遺跡公園として整備されたものです。やよいの風公園については、次回にアップします。

ブログ記事 国史跡吉武高木遺跡


飯盛神社

飯盛山のふもとに建立されています。創建は平安時代の859年(貞観元年)です。今から1161年も昔ですね。主祭神は伊弉册大神(いざなみのおおかみ)です。早良郡のたくさんある村のうち、飯盛山に近い7つの村の惣社といわれています。

飯盛神社といえば、流鏑馬(やぶさめ)が有名です。毎年10月9日の秋季大祭において、五穀豊穣・武運長久・無病息災を祈って行われています。神社前の参道(市道)にて行われます。飯盛神社の流鏑馬については、室町時代後期の1573年(元亀4年)の古文書をはじめ、江戸時代の1838年(天保9年)の伝書にも記されています。戦国時代より21世紀の現代まで続いています。

出かけた当日は天気もよく、七五三のお祝いの家族連れが多かったです。わたしもその昔、京都市内の自宅近所の神社(平安神宮)に、七五三詣りに連れて行ってもらった記憶があります。


参道


参道


参道 階段を上がりきったところ 飯盛神社の参道は社有地ではなく市道


参道の右側が神社 静かな佇まいのため、誰もいないのかな?と思っていたら…


参拝客が多いのにびっくり!


手水鉢(ちょうずばち)


手水(てみず)のつかいかた 昭和の中頃を思わせる可愛い少女のイラスト


境内のようす


拝殿の左隣 左・武射顕彰之碑 右・流鏑馬(やぶさめ)顕彰之碑


拝殿 多くの家族連れが参拝の順番を待っていた


参道に落ちていたもみじ

飯盛神社の参道は山の奥まで続いており、そのまま進むと、飯盛神社中宮社があります。中宮参道はご縁結びの道ともよばれています。時間はまだ昼の12時台でしたが、さすがに、このまま山の奥(登山道につながる)に入るわけにはいかないので、神社を出ると、来た道を戻りました。

公式サイト 飯盛神社