月別アーカイブ: 2019年4月

鷲尾愛宕神社 3

アタゴノケーブルカー

(3回目・最終回です)

実は、明治通りから入った参道(急な階段+坂道)を上っている最中、なにやら山道に入るような階段を見つけました。階段脇には「日本で2番目、九州初の旅客ロープウェイ「愛宕山ケーブルカー」山上駅跡はこちら 50m先」の小さな案内板が。この階段を通るコースは健脚者向きで、他の方はいわい屋わきの登り口へ、と記されていました。わたしは健脚コースはやめて、いわい屋の脇を通るコースにしました。


参道の途中で見かけた「山上駅跡」への道 健脚者向け

愛宕神社の御由緒板にも「ケーブルカー(旅客ロープウェイ)」について記載されています。もし、戦時中廃業することなく、戦後そして令和となった現在も営業が続いていたら?おそらくはこの周辺の風景も違ったものになったのではないでしょうか。

わたしは参拝後、戦前・戦中の近代遺構ともいえる「愛宕山ケーブルカー(アタゴノケーブルカー)」の跡地に向かいました。


楼門をくぐり、階段を降りると少し広い場所に出ます。甘味処が2件、営業しています。境内側が「びんつけ屋」、1件おいて、離れた場所にあるのが「いわい屋」です。いわい屋さんの左側に看板が見えます。

そこには「愛宕山ケーブルカー跡地」の文字が!昭和3年(1928年)に開業したいきさつが記されています。当時は「福岡県早良郡」でした。愛宕神社の参拝客のための交通機関でした。形状的にはロープウェイですが、当時はケーブルカーと呼ばれていたようです。公営ではなく民間の事業でした。太平洋戦争のため開業後わずか15年で廃業したようです。終戦後、ロープウェイは復活することなく、現在に至っています。

ケーブルカー跡地に行くには、いわい屋さんの裏手の山に登らねばなりません。軽装でしたが行けなくはなさそうだったので、跡地まで向かいました。


「びんつけ屋」前 究極のまるどら(白い部分が無い茶トラ猫)


正面「いわい屋」 すぐ左側に看板が見える


看板「愛宕山ケーブルカー跡地」


看板の下に設置された解説板

コンクリートでできた階段を上ればすぐに山道になります。案内板通りに進めば、山頂駅の遺構が現れます。乗降場跡からまっすぐ下に降りれば、明治通りに面する整形外科医院の敷地内に着くといわれています。(上の解説板の画像を拡大表示させれば、地上駅・山上駅の位置関係が分かります)


いわい屋の左手の階段を上る 山上駅跡まで75メートル


この山道を進む


方向板


正面が山上駅跡


上の画像の奥 山上駅跡の案内板


乗降場跡 この下は碇整形外科医院がある


動力舎跡?


左:動力舎跡? 中央:山上駅跡の案内板 右:乗降場跡


昨年末、高島市長が、増大する中国人等の外国人観光客に対応するため、福岡市博多区のウォーターフロント地区とJR博多駅、天神とをロープウェイで結ぶ「ロープウェー構想」を持ち出したもの、その後、白紙撤回されました。こんな、都心部上空のロープウェイなど危険極まりなくばかげていると感じました。さらに中国人の爆買いだって、他国(アフリカ諸国など)が経済的に力を付ければ、中国人のこと、絶対そちらに流れるでしょう。

閑話休題。「ロープウェー構想」自体が撤回されましたが、そんなものに大金を使うなら、きつい勾配の愛宕山をつなぐロープウェイ(=アタゴノケーブルカー)復活に予算を使ったほうがよさそうですね。しかし実際は、愛宕山の麓は住宅街なので、ケーブルカーの地上駅を建設する用地が足りなさそうです。また、神社近くには駐車場も完備されているので、大半の参拝者は、わたしのようにわざわざ急な階段を上がるコースではなく、車で出かけるでしょう。その点を鑑みても、アタゴノケーブルカー復活の可能性は限りなく低そうです(でも、実現したら嬉しいなあ)。

「アタゴノケーブルカー」跡地を見たあとは、甘味処のあるやや広い場所に出て、明治通りに出る道路を歩いて下山しました。坂道を下りきったところに、コインパーキングがあります。昔はここに「放生池」とよばれた池があって、たくさんのカメ🐢が飼育されていました。しかし、年月の経過とともに池も亀も消えて、現在はパーキングとなりました。


参道(階段)の右手 放生池跡地 現在は有料駐車場 後方は密教寺院

(以下、4月28日撮影 この日は曇りでした)


参道(階段)


参道(階段)の西側 整形外科医院 アタゴノケーブルカー地上駅跡とされる


【おまけ画像】


1928年(昭和3年) 愛宕山から望む 福岡県早良郡姪浜町


2019年(平成31年/令和元年) 愛宕山から望む 福岡市西区~早良区